生活の変化と、また書き始めるということ
- Akihiro Arakawa
- 2 日前
- 読了時間: 3分
久しぶりのブログ投稿となりました。
さまざまな出来事が重なり、なかなか文章を書く余裕を持てずにいました。正直に言えば、今も気持ちの整理が十分についたとは言えません。それでも、「少しずつでいいから、また書いていこう」と前向きに考え、今日はこうしてキーボードに向かっています。
ブログの読者の皆さまはご存じのとおり、私は盲導犬ジジ君と一緒に歩いています。また、実際の生活では香織ちゃんと行動を共にすることが多く、ここ数年は一人でどこかへ出かける機会があまりありませんでした。
ところが家庭の事情により生活が一変し、子どものこと、両親のことなどが重なって、今では一人で行動することがほとんどとなりました。
昔は一人で歩いていたのだから簡単だろう、そう思っていましたが、現実はそう甘くはありません。目的地にはたどり着けるものの、慣れていない分、精神的な疲労が少しずつ蓄積され、何とも言えない疲労感に襲われます。
さらに引っ越しも行いました。これまでは二世帯住宅で、私と香織ちゃん、子ども、そして両親が別々の階で暮らしていましたが、今は5人で一緒に住むという決断をしました。
引っ越し直後で家の中が落ち着いていないこともあり、室内を歩くだけでも一苦労です。物の配置は日々変わり、足元にはさまざまな物が置かれていて、まるで毎日が障害物競走のように感じられます。
また、これは親切心からなのですが、私が靴を履こうとすると、私が置いた場所ではなく「履きやすい位置」に靴を移動してくれていることがあります。ところが私は、置いたはずの場所を探して見つからず、結果的に靴探しをすることになります。好意でしてくれていることだけに、「触らないでほしい」とはなかなか言えません。
住まいの構造にも慣れが必要です。現在の住まいは、まっすぐな階段が7段、その後にらせん階段が3段、さらに最後にまっすぐ5段という構成になっています。
引っ越ししてから数日後、この階段を5段上ってから曲がろうとしてしまいました。いきなり私は壁にまっすぐツッコミ頭を強く打ち、数日間は首が痛くて姿勢を保つのも大変でした。
外出先でも戸惑うことがあります。例えばコンビニで買い物をしようとしても、うまく日本語が通じない場面に出会うことがあります。今までは「一言で済む」と思っていましたが、買いたい物が思うように買えないという不自由さを、改めて強く感じました。
とはいえ、疲労感ばかりを抱えていても仕方がありません。こうした日常の出来事や、私自身のうっかりした失敗も含めて、これからまた少しずつブログに綴っていきたいと思います。
追記
完璧でなくても、短くても、「書き続けること」そのものに意味があるのだと、今は感じています。これからも不定期ではありますが、日々の気づきを大切にしながら更新していきますので、引き続きお付き合いいただければ幸いです。
香織ちゃんも私以上に大変なので、YouTubeライブはもう少し待っててくださいね。
